ご報告

釣りのお誘いやお仕事など多方面にご迷惑をおかけし、
ご心配をしていただいたと思いますので
この場をお借りしてきちんとご報告いたします。
父、正明が16日午前10時7分に他界いたしました。
享年70歳でした。
しかしながら、家族一同十分に覚悟を決める時間もありましたし、
オヤジも家族に看取られながら安らかに逝きましたから
まったくもってどうか皆様ご心配なさらないでください。
2~3日後には元の生活に戻り、釣りにも行こうと思っています。
少しだけこの機会に僕のオヤジを紹介します。
オヤジは仕事でも人の付き合いでも万事そつなくこなせる器用な人間で
ひょうひょうとした人生を送ってきた人でありました。
スポーツも万能で、なかでも野球をこよなく愛し、
体が動かなくなるまで少年野球の監督をやっていました。
今でも小学生の頃いっしょにやったキャッチボールで
見事に全球胸元に投げてきたオヤジの球を思い出します。
その一方で欲がないから努力というものをしたことがなく、
楽なこと楽しいことについつい走ってしまうのん気な人でもありました。
仕事はだいたい定時に切り上げ、毎晩晩酌をしながら
テレビで野球観戦するのを至高の楽しみにしていたような人でした。
野球以外の楽しみというと旅行が大好きで、
いつも地図を見ては自分で車を運転して
オカンと一緒にあちこち出かけていました。
人からものを頼まれるといやだと言えないお人よしの性格で、
いろんな役を引き受けてもいました。
オヤジの周りにはいつも面白おかしい仲間が募り、よく遊びよく飲んで
楽しい人生を送ってきた人だったなあとつくづく思います。
晩年は他人の大きな借金まで引き受けることになってしまい、
「先方にもしょうがない事情があったんやろなあ。」
などとまるで他人事のようなのん気な一言をオヤジから聞いたときには
家族一同唖然としたものです。
そんなオヤジが3年前に脳出血が原因で左半身に麻痺が残りました。
そこからです。
のん気で欲がなく努力をしない性格が最大限に本領発揮しだしました。
生きる気力を失うと病魔が忍び寄るのも早いもので、
あっという間に肺がんの末期状態となり、家族全員に看取られながら
ほんとうに安らかに眠るように逝きました。
今にして思えば周りに迷惑をかけたくない一心で
3年間早く逝く努力をしてたのかもしれません。
もしそうなら今までやってもいなかった努力を
そんなところでしてもらわなくてもよかったんですがね。
中村 豪
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